船橋市議会議員 つまがり俊明 船橋一直線!

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船橋の成人式について~来年はどうするのか?今年の代替えは?~

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2014年に文教副委員長として代理出席させていただいた時のもの

1.今年度オンライン開催の経緯

市教育委員会の事務局や公募の新成人委員の皆様も何とか会場開催をということで模索をしてきました。昨年の早い段階で文化ホールからアリーナへと大きな開催会場への変更をするなどの工夫もしてきました。

ですが感染拡大がとまらずと緊急事態宣言発令の動き、公共施設の利用停止となり、オンライン開催のみに至りました。延期や中止ではなくオンラインのみの開催です。代替事業の実施については検討中というのが公式発表です。

昨年の会場変更の段階から私のもとにも「会場近くで美容室や着付けの予約をしており、移動が困難」など多くのご意見が寄せられやり取りを重ねてきました。当事者の声を市教育委員会事務局にも伝えてきました。その中で浮き彫りになった課題と来年に向けての考え方、代替え事業はどうあるべきなのか、述べます。

2.来年をどうするのか

戦後、回を重ねてきた成人式は地域に根付いたものと捉えています。私も大雪が降る中で中学のクラスメイトと集まったことは今でも懐かしい思い出です。一方で私が成人を迎えた2000年前後から「荒れる新成人」などと言われ、成人式をそもそも行うべきかどうかということも言われていました。

今回、様々な方と意見交換し、「目的の共有」「意思決定への参加」を大切にするように変えていく必要性を感じます。私自身も100~200人規模の集会やイベントを主催しますし、町会、ボランティア活動などでも様々な行事に関わってきました。多様な関係者、参加者がいる行事を準備するのは大変で、目的の共有をしなければ不満は高まります。

成人式については、

  • 主催である市教育委員会は「新成人をお祝いしてあげる会」
  • 参加する新成人の多くは「同級生と会えるある種の楽しい同窓会」
  • 参加しない新成人もいる
  • 新成人の家族としては、「晴れ着や送迎に関わり家族の記憶として残したい」
  • 関わる着物や美容室関係者としては、「大切な仕事の機会」

と当事者である新成人の中でも晴れ着を着る人も着ない人も来ない、来られない人もいます。これら当事者・関係者の目的の違いを一堂に会するリアル開催で何とか一緒にやってきたというのが実情です。

しかし、新型コロナウイルスは多くの人が一堂に会することを根本的にリスクとしています。来年もどういう状況かわかりません。数千人が関わる行事ですから今から具体的な検討を進めるべきです。

来年に向けた私の改善提案

  • 現在も公募で新成人を入れて式典の内容を検討していますが、0ベースから多様な関係者からなる実行委員会で議論、検討を進め目的を共有する。企画立案は実行委員会に委ね、最終的な意思決定は市長、教育委員会が担う。
  • 検討の過程をオープンにし、アンケートや意見公募など双方向性のある取り組み
  • シナリオを複数準備する(例えばフェーズ1相当は全体開催、フェーズ2~3相当は分散開催、フェーズ4はオンライン開催など)
  • 時期の再検討を図る(乾燥、寒冷な1月というウイルスにとって好環境な時期が良いのかどうか)
  • 分散開催を基本として会場とひにちの再検討を図る(公民館ごとの分散開催、3部制、月の第1週~4週に分けて実施など)
  • 仮に全体で開催するとすれば会場をどうするのか(例、船橋競馬場、アンデルセン公園など屋外はどうなのか?)
  • 参加者への飲食に関するルール設定と徹底

3.今年の代替え事業をどうするのか

まず、どのような、そしてどれくらいのニーズがあるのかの確認が必要です。「目的の共有」のためです。オンラインでの開催や晴れ着での前撮りや撮影が行われていること、成人の日というタイミングを過ぎた中でのニーズの変化の把握です。そして、今後も新型コロナ感染症が収束するとは限りませんし、大勢で集まれるということを前提に考えないほうが良いと思います。

0か100か、やるかやらないかでない、複数のシナリオを用意しておくべきです。代替え事業についても当事者・関係者の意思決定への参加をはじめ「来年に向けた私の改善提案」であげた事項をもとに検討を進めるべきと考えます。

医療介護現場や飲食店も苦しい中で、成人式などのん気な事を言っているというお叱りの言葉をいただくこともありました。ですがこれは成人式の問題のみと捉えるのではなく、私達の社会の意思決定をどう納得いくものにしていくのか、0か100かではなく感染拡大防止と社会経済活動の持続という両立をどう探るのかということにつながります。

新型コロナウイルス感染症で初めて起きた事では無く、これまでの社会のひずみや矛盾が浮き彫りにされているということは多くの識者も指摘するところです。何とかなると放っておかずに面倒だけれども向き合うことが大切です。

21世紀はウイルスとの苦闘が続く世紀となるのかもしれません。2002年SARS、2012年MERS、2009年新型インフルエンザ、2019年新型コロナウイルス。コロナが収まっても、次がいつ来るのか分かりません。

私自身は楽観主義のほうで悲観しすぎてはいけませんが感染症はある種の災害であり、危機管理の基本は最悪を想定し備えることです。未来への備えとして、今やれることを今やっていきましょう。